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水戸地方裁判所 昭和45年(ワ)278号 判決

原告 樫村啓一

〈ほか四名〉

右原告五名訴訟代理人弁護士 中井川曻一

被告 武安甚兵衛

右訴訟代理人弁護士 武藤英雄

主文

被告は原告樫村啓一、原告田中とき子、原告田中栄に対し各金五万五、〇〇〇円、原告樫村吉夫、原告佐藤栄子に対し各金五万円を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を被告の負担とし、その三を原告らの負担とする。

事実

第一、双方の申立

一、原告ら

(一)  被告は、原告樫村啓一、同田中とき子に対し各金六四万三、五〇〇円、原告樫村吉夫、同佐藤栄子に対し各金六三万八、五〇〇円およびこれらの内金四八万七、五〇〇円に対する昭和四五年一〇月一日から支払がすむまで、年五分の割合による金員を、原告田中栄に対し金八万一、〇〇〇円を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言

二、被告

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、請求原因

一、被告は、昭和三八年五月三一日原告啓一、同とき子、同栄子、同吉夫に対し、別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)を収去して、別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)の明渡を、

原告栄に対し、本件建物から退去して本件土地の明渡を求める訴を提起(水戸地方裁判所昭和三八年(ワ)第八三号建物収去土地明渡請求事件、以下本件本案事件という。)したが、水戸地方裁判所は昭和四二年一月一六日被告の請求棄却の判決を言渡し、被告はこれを不服として東京高等裁判所に控訴(同庁昭和四二年(ネ)第三三二号)したが、同裁判所は昭和四五年六月三〇日控訴棄却の判決を言渡した。被告は更にこれを不服として上告したが、昭和四五年九月一一日これを取下げたので、原告ら勝訴の判決は確定した。

二、被告は又、昭和三九年三月一八日原告啓一、同とき子、同栄に対し、本件本案訴訟で主張した明渡請求権を被保全権利として、本件建物について執行吏保管、現状変更禁止、占有移転禁止等を命ずる仮処分を申請し(水戸地方裁判所昭和三九年(ヨ)第三一号不動産仮処分事件、以下本件仮処分事件という。)、同月二八日左記仮処分命令を受け、直ちにこれを執行した。

被申請人らの本件建物に対する占有を解いて、申請人の委任した水戸地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。

執行吏はその現状を変更しないことを条件として、被申請人らにその使用を許さなければならない。但しこの場合においては、執行吏はその保管にかかることを公示するため適当の方法をとるべく、被申請人らはこの占有を他人に移転し又は占有名義を変更してはならない。

そこで原告とき子、同栄、同啓一の三名は、昭和四五年九月七日前記仮処分命令の事情変更による取消の申立をなし(水戸地方裁判所昭和四五年(モ)第三八六号)、同年一〇月一九日本件仮処分命令を取消す旨の判決を得て仮処分の執行取消を得た。

三、被告の本件本案訴訟は、次にのべる様に明渡請求権がないのを知り、又は知り得た筈であるのに提起したものであって、明らかに不当なものである。

(一)  原告とき子、同栄子、同吉夫の父であり、原告啓一の祖父である訴外樫村為吉は、大正年代から自転車及び農機具の修理販売業を営み、本件土地上にあった木造亜鉛葺平家二戸建店舗兼居宅一棟建坪約六九・四二平方メートル(約二一坪)の向って左側部分に居住していたが、昭和一二年頃からは隣接する他の一戸部分をも作業場として使用し、結局建物全部を賃借する様になり、その敷地として本件土地全部を利用していたところ、昭和二〇年八月一日水戸市の空襲に際し戦災を受けて焼失した。その後訴外為吉一家は暫く焼跡にテント張りで住んでいたが、同年一一月頃同所に約二四・七九平方メートル(約七・五坪)の木造バラック建物を建築し、翌昭和二一年六月頃地主の被告の承諾を得て本件宅地全部を賃借し、同月二一日工場設置許可申請をなし、同月二五日建築届を提出し、同年七月二四日水建第一五九号をもって自動車及び農機具工場の設置認可を受け、同月末頃木造亜鉛葺平家建居宅兼工場一棟建坪八八・四二平方メートル(二六坪七合五勺)を完成した。

(二)  以上のとおり訴外為吉は、昭和二一年六月頃建物所有の目的で被告から本件宅地全部を期間を定めず賃借したものであり、仮りにそうでないとしても、昭和二一年九月中罹災都市借地借家臨時処理法に基づいて被告に対し本件土地全部の賃借申出をなし、被告からその承諾を得たことにより同法による借地権が設定され、昭和三一年九月存続期間一〇年が満了した際法定更新せられたものであって(その間地上建物は別紙目録記載建物の現況となった。)、訴外為吉が本件土地に借地権を有していたこと明らかである。訴外為吉は昭和三五年三月一六日死亡し、原告啓一、同とき子、同栄子、同吉夫が本件土地の借地権及び本件建物を共同相続したものである。

(三)  しかるに被告は、本件本案訴訟及び本件仮処分事件において、次のような主張をした。

1 訴外為吉が昭和二〇年戦災当時賃借していたのは二戸建一棟の一部約三四・七〇平方メートル(約一〇坪五合)にすぎず、更に戦災当時本件宅地上には訴外為吉が居住していた賃借家屋のほかに、被告所有の別棟の建物があり、これを訴外藤沢元俊に賃貸していた旨、存在しない建物を存在したとの虚偽の主張をなし、これを前提として、訴外為吉の罹災都市借地借家臨時処理法に基づく賃借権は、同人が賃借していた建物部分の敷地約三九・六六平方メートル(一二坪)にすぎない旨主張し、又これを超える部分については昭和二九年一月まで明渡すことを約束した旨虚偽の陳述をして、故意に本件土地の借地権を否認した。

2 又被告は、地代家賃統制令施行規則(昭和二一年九月二八日閣令第七六号)第八条に基づく届書に、訴外為吉の本件土地の借地権の範囲は、一九八・三四平方メートル(六〇坪)と届出たことからみて、被告は訴外為吉の賃借権の範囲を知りながら、故意に争ったものである。

3 被告は、訴外為吉の罹災借地権は、昭和三一年九月法定期間満了し、更新拒絶の意思表示をなし、これについて正当な事由があったと主張するが、訴外為吉が本件土地を生活及び営業の唯一の本拠とし、他に移転する余裕がないことは被告において熟知していたか、又は知らなかったとしても容易に知り得た筈である。従って被告は本件土地の明渡請求権のないことを知っていたものである。

(四)  仮りに訴の提起が不法行為に当らないとしても、被告は前叙のように本件本案訴訟において敗訴したが、第一審の審理を通じて、被告の主張が理由がないことが明らかとなったにもかかわらず、第一審の正当な判断をあくまで争って控訴をしたが、これは明らかに不当抗争というべきである。

四、損害額

(一)  不当な提訴ならびに不当抗争による損害

原告らは、本件本案訴訟に応訴するため、昭和三九年一月二六日弁護士中井川曻一に訴訟行為一切を依頼し、水戸弁護士会報酬等基準規定に基づく第一審の手数料として金三万円を支払い、又被告の控訴申立に伴い昭和四二年三月一六日第二審の手数料及び旅費日当として金五万円を支払った。又本件本案訴訟が原告らの勝訴判決となりこれが確定したときは、右基準規程に定める成功謝金として本件土地の借地権価額の一割に相当する金三〇万円を支払うべきことを約したものである。これらは被告の不当な本件本案訴訟又は不当抗争によって生じたものである。

よって原告らは、金三八万円の五分の一に当る各金七万六、〇〇〇円の損害を蒙った。

(二)  不当仮処分による損害

1 得べかりし賃料相当額を喪った損害

原告栄を除く他の原告ら四名は、その共同所有にかかる本件建物中店舗部分につき、他に賃貸して相当賃料額一ヶ月分金二万五、〇〇〇円の収入をあげ得たのに、被告の本件仮処分のため、昭和三九年四月一日から昭和四五年九月三〇日まで他に賃貸することができず、合計金一九五万円の得べかりし賃料相当額の損害を蒙ったもので、原告栄を除くその余の原告ら四名は、それぞれ金四八万七、五〇〇円の損害となる。

2 弁護士費用

(イ) 原告啓一、同とき子、同栄の三名は、本件仮処分の取消申立手続を弁護士中井川曻一に依頼し、その際手数料として金一万五、〇〇〇円を支払ったので、右原告ら三名は、各自金五、〇〇〇円の損害を蒙った。

(ロ) 原告栄を除くその余の原告ら四名は、前記の1の賃料相当額の損害賠償請求について、同弁護士に委任し、手数料として金三万五、〇〇〇円を支払い、かつ成功謝金として判決時に成功額の一割五分に相当する金額を支払うべきことを約したのであるが、これは被告の不当な本件仮処分の執行によって生じたものというべく、支出した手数料と成功謝金の内金三〇万円につき、各自金七万五、〇〇〇円の損害の賠償を求める。

五、よって被告に対し、原告啓一、同とき子は各金六四万三、五〇〇円、原告吉夫、同栄子は各金六三万八、五〇〇円及びこれらの内得べかりし賃料相当額を喪った各金四八万七、五〇〇円に対する不法行為後の昭和四五年一〇月一日から支払がすむまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、原告栄は金八万一、〇〇〇円の賠償を求める。

第三、請求原因に対する認容

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実は認める。

三、同第三項の事実中、(一)、(二)の事実は否認する。(三)の1ないし3の事実中原告ら主張のように被告が主張した事実は認めるが、虚偽であるとか被告が事情を知っていたとの主張事実は否認する。(四)の事実は否認する。

四、同第四項事実は否認する。

仮りに被告に責任があるとしても、訴提起当時を基準とすれば、旅費日当のほかに金三〇万円の成功謝金は弁護士費用として相当でなく、又本件仮処分取消申立事件についても、事件が欠席判決で終局したこと、事件の内容、訴訟物の価格等に照すと、原告らの請求額は不当に高額である。

五、同第五項は争う。

第四、抗弁

一、本件仮処分申請をするについては、次の様な相当な理由があったもので、被告に過失はない。

訴外為吉の本件土地に対する賃借権は、昭和三一年九月一〇日の存続期間が満了したが、被告はその間専門家である弁護士の判断をあおぎ遅滞なく更新拒絶の意思表示をなしたが、被告の更新拒絶には正当事由があった。すなわち、

(一)  被告は初め個人で塗料販売業を営んでいたが、昭和二七年実態は被告の個人企業である辻武塗料株式会社に改めた。同会社は営業上乗用車及び貨物自動車合計五台を所有使用していたが、その保管場所を必要としていた。原告らの賃借地から約一五〇メートル離れている同会社の敷地には防火上車庫を設置することは不可能であったため、車庫用地として本件土地を使用する必要があった。

(二)  これに対し、訴外為吉は当時老令でほとんど営業はしていなかったものであって、他に住んでいる子供と同居する等移転の余裕がないとはいえなかった。

二、仮りに被告に本件仮処分につき過失があったとしても、得べかりし賃料相当額を喪ったのは原告側の過失によるものである。被告が本件仮処分の執行をした昭和三九年四月一日当時、原告とき子はすでに同年二月八日訴外日本ネジ製造株式会社に対し、本件建物のうち家屋番号二四三のうち店舗部分を賃貸して引渡を了し、賃借人である同社の占有中にあって、すでに賃借人の費用で店舗を改造していたものである。ところが本件仮処分執行に立会った原告とき子は、これを隠蔽し、執行吏に対し「本年三月初旬に改造したものであり、本件家屋については賃貸借の事実はない。」と虚偽の申告をして執行吏をその旨誤信させ、仮処分の執行をさせるにいたったものである。更に原告らは、本件仮処分異議の申立によってその執行の取消を得られた筈であるのにこれを怠ったものである。従って被告に賠償の義務があるとしても、賠償額の算定につき斟酌すべきである。

第五、抗弁に対する認否

一、抗弁一の事実は否認する。

二、抗弁二の事実は否認する。

第六、証拠≪省略≫

理由

第一、不当訴訟による損害賠償請求について

一、請求原因第一項の事実は当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、被告は本件本案訴訟において、請求原因として本件宅地の所有権に基づく明渡請求権に基づき本件建物収去(退去)本件宅地明渡を主張したのに対し、原告らは抗弁として、(イ)、訴外為吉が昭和二一年六月本件宅地につき被告から建物所有の目的で賃借した、(ロ)仮定抗弁として訴外為吉が昭和二一年九月罹災都市借地借家臨時処理法に基づく借地権(以下罹災借地権という)がある、(ロ)の賃借権は更新され、原告栄を除く他の原告らは右(イ)、(ロ)の借地権を相続したと主張したこと、被告は(イ)の借地権を否認し、(ロ)の借地権は、罹災当時訴外為吉が賃借していた建物は二戸建一棟のうち一戸だけであり、しかも本件宅地上には右建物のほかに別棟の建物があったことを理由として、三九・六六平方メートル(一二坪)の部分についてこれを認めてその余を否認し、再抗弁として訴外為吉の罹災借地権は昭和三一年九月期間満了したので更新拒絶の意思表示をしたが、右拒絶には正当事由があると主張したこと(この点については争いがない。)一審判決は、原告らの抗弁のうち、昭和二一年六月訴外為吉が本件宅地を賃借したとの主張は採用しなかったが、罹災借地権については、罹災当時、本件宅地上には被告の主張する別棟の建物は存在していなかった(かつて被告主張の別棟の建物があったが、罹災当時すでになくなっていた。)し、二戸建一棟の建物は全部訴外為吉が使用していたとして、本件宅地部分についてこれを認め、被告の期間満了による罹災借地権の消滅の主張については、正当事由がないとして被告敗訴の判決をしたこと、被告はこれを不服として控訴したが、ほぼ一審判決と同じ理由でこれを棄却したこと等の事実が認められ、他に右認定を妨げる証拠はない。

二、このように、被告の提訴ならびに控訴は、結局明渡請求権はなかったとして被告敗訴の判決の言渡を受けたわけであるが、これが不法行為に当るかどうかは、判決の結果だけで直ちに認定し得るものではなく、提訴(上訴)が不法行為となるかどうかは、提訴(上訴)当時理由がないことを知り、或はこれを知らなかったとしても、容易に知り得る筈であったのに不注意でこれを知らず、あえてなしたものかどうか、提訴(上訴)の動機、目的、提訴(上訴)にいたるまでの両当事者のとった措置等諸般の事情を総合して、提訴(上訴)が社会通念上著しく不当な場合かどうかによって決すべきものと解するのが相当である。

三、そこで被告の本件本案訴訟の提訴ならびに控訴が著しく不当であったかどうかについて判断する。

(一)  前叙のとおり、被告は本件本案訴訟において、罹災借地権の一部を認めたが、残部については罹災当時訴外為吉が二戸建一棟のうち一戸しか使用しておらず、又本件宅地上に別棟の家屋があってこれを他に賃貸していたことを理由として争ったが、被告の右主張は排斥されたところ、被告が理由として主張した右事実は、被告において知っていたか、もしくはこれを知らなかったとしても、容易に知り得た筈のものであることは、主張事実自体(自己所有宅地の上に他人に賃貸中の自己所有の建物があったかどうか、自己所有の二戸建一棟の賃借人は誰れかということは、所有者として容易に知り得た筈である。)から推認できるところであり、原告らがこの点を捉えて被告を非難するのも理由がないわけではない。しかし本件本案訴訟は、前叙のとおり被告の本件宅地明渡請求権があるかどうかは、被告の原告らの罹災借地権が期間満了によって消滅したとの主張が認容されるかどうかにもかかっていたわけであるから、この点についても検討しない限り、本件本案訴訟が不法行為に当るかどうか決し得ない関係にある。そこで更にすすんでこの点について検討する。

(二)  ≪証拠省略≫を総合すると、本件本案訴訟提起当時、訴外為吉は老令のため自動車修理業を廃業し、本件建物の店舗部分(一五坪)は訴外人に賃貸し、訴外為吉の子は既に成人し、訴外為吉と同居していた長男の妻イ子とその子原告啓一が本件建物を退去した後、他に嫁した原告田中とき子夫婦が入居しているという事情であったけれども、更新拒絶の意思表示をした当時は、いまだ訴外為吉が細々ながら自動車修理業を行い、子供は全部成人に達してはいたが、いずれも経済的に恵まれたものはなく、しかも長男久男は既に死亡し、その子の原告啓一と妻イ子が訴外為吉と同居中のものであったこと、訴外為吉には他に移転する場所はなかったこと、これに対し被告の経営する会社で自動車置場を設けるため本件宅地が空くことを切望していたこと、被告は訴外為吉方の営業状態、家族関係については知っていたがその余の点については訴外為吉方の事情は知らなかったこと等の事実が認められる。

ところで期間満了による更新拒絶の正当事由は、債権者・債務者双方の事情を総合して認定すべきものであるが、一般に相手方の事情については、他人が容易に知り得る外形的事情についてはともかく、その余の経済事情等についてはなかなか事情を知り得ないことは当裁判所に顕著であること、≪証拠省略≫によると、本件本案訴訟について専門家である弁護士の意見を聞いたこと、本件本案訴訟の提起は、自己使用の目的のためなされたもので、特に加害の目的等でなされたものではないこと等の事実が認められ、これらの事実と前認定の原告らと被告の事情を合せ考えると、被告が今少し慎重に訴外為吉方の事情を調査すれば被告が知らなかった正当事由存否の判断資料を入手でき、これによって更に正確な結論を得られたものと考えられ、その点被告に過失は認められるけれども、いまだ本件本案訴訟を提起したのは著しく不当であったと認めるには十分でない。従って本件本案訴訟を提起したことを捉えて不法行為ということはできないので、これを前提とする原告らの本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

(三)  しかし被告が一審判決後控訴して争ったことは、次に述べる様な事情からみて、控訴権を乱用したものというほかはない。

すなわち

≪証拠省略≫を総合すると、一審判決当時、その証拠によって、提訴当時被告が知らなかった訴外為吉側が本件宅地を明渡すことは困難であった事情が明らかにされるとともに、被告が本件本案訴訟において罹災当時本件宅地上には第三者に賃貸中の建物があったとの主張については、原告側からその頃の写真一〇葉が提出されてその理由がないことが明らかとなったこと、又罹災借地権の範囲について、水戸市長が茨城県知事に対し、地代家賃統制令(昭和二一年九月二七日勅令第四四三号)第一四条ならびに地代家賃統制令施行規則第八条に基づいて提出された地代一覧表には六〇坪と記載されていたことが明らかになったこと、しかるに被告は、これらの事情を無視し、「最後はどうなっても、どこまでもやる。」との意図で、代理人を代えて控訴を提起したこと等の事実が認められ、これらの事実によると、被告の控訴は、著しく不当であったものというほかはなく、不当抗争としてこれによって原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

四、損害額について

≪証拠省略≫によると、原告らは被告のなした右控訴に対処するため、その訴訟を弁護士中井川曻一に依頼し、控訴審の手数料及び旅費日当として金五万円を支払い、本件本案訴訟が原告ら勝訴の判決が確定したときは金三〇万円を成功謝金として支払うことを約した事実が認められる。そして弁論の全趣旨によれば、右成功謝金は一、二審を通じてのものであったから、前掲証拠によって認められる本件本案訴訟の訴額、訴訟の進行状況、事件の難易等諸般の事情を総合すると、右成功謝金に占める控訴事件の割合は、金二〇万円と認めるのが相当である。そして不当抗争によって生じた弁護士費用は、不当抗争によって通常生ずべき損害と解するのが相当である(最高裁判所昭和四四年二月二七日民集二三巻二号四四一頁)から、被告は原告らに対し各金五万円(合計金二五万円)を支払う義務がある。

第二、不当仮処分による損害賠償請求について

一、請求原因第一、第二項の事実は当事者間に争いがない。

右事実によれば、被告は被保全債権が初めから存在しないにもかかわらず、本件仮処分の執行をしたものであることは本件本案訴訟の確定によって明らかとなったものである。このような場合、仮処分債権者に故意、過失(仮処分制度の趣旨や、仮処分は相手方に甚大な損害を与える場合のあることは公知であるが、この損害の公平な分担という見地から、不当提訴のように著しく不当な場合に限らず、少くとも債権者に過失がある以上賠償の義務を認めるのが相当である。)があるときは、仮処分債務者がこれによって蒙った損害を賠償する義務がある。しかも本案訴訟において、仮処分債権者敗訴の判決が確定したときは、他に特段の事情がない限り、仮処分債権者に過失があるものと推認するのが相当である。しかし仮処分債権者において、仮処分の要件があるものと信じて仮処分をしたものであって、そう信ずるにつき合理的理由があったものと認められるときは、右特段の事情に当るというべく、従ってこの場合は敗訴の本案判決の存在のみによって直ちに仮差押債権者に過失があったものということはできないことになる。

二、そこで被告に仮処分の要件があると信ずるに足る相当の理由があったかどうかについて判断するに、本件全証拠を検討してもこれを認めるに足る資料はなく、前認定のとおり明渡請求権があるものと考えた被告に過失があったものというほかはないから、被告は原告らに対し、本件仮処分によって生じた損害を賠償する義務がある。

三、損害額について

(一)  得べかりし賃料相当額を喪った損害

1 ≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。

(1) 原告田中とき子は、昭和三九年二月八日訴外日本ネヂ製造株式会社代表取締役高木正武に、本件建物のうち店舗部分(一五坪)を期間二年(更新可)、賃料一ヶ月金二万五、〇〇〇円で賃貸して引渡した。訴外日本ネヂは、その後賃借した部分の土間にコンクリートを流し、店舗の回りの壁や天井にベニヤ板を張り、屋根上にあった修理工場と表示した看板を塗りつぶして書きこむ準備をし、板戸をガラス戸にかえて錠をつけ、鍵のうち一個は訴外日本ネヂが、一個は留守居を頼む原告田中とき子に渡し、商品のネヂ等を入れた南京袋(五〇キログラム)五〇個等を右店舗に運び入れた。

(2) 被告が本件仮処分をした昭和三九年四月一日当時、本件建物のうち店舗部分は右(1)の状態にあったのに、本件仮処分の執行に立会った原告田中とき子は、執行吏に対し、改造は自ら本年三月頃なしたもので、他に賃貸した部分はないと虚偽の申立をしたため、店舗部分についても仮処分の執行を受けた。原告らはその後昭和四五年九月七日事情変更による仮処分命令の取消申立をするまで、これが取消等の手段をとらなかった。≪証拠判断省略≫

2 右認定の事実によれば、被告が本件建物のうち店舗部分に仮処分をしたのは、原告田中とき子が虚偽の申立をしたためであり、これがなければ原告らは訴外日本ネヂに賃貸し、その賃料収入をあげ得た筈である。原告らが賃料相当の損害を蒙ったからといって、それは自ら招いた結果であるから、本件仮処分と原告らが喪ったと主張する賃料相当額の損害との間に因果関係はないと認められる。

従って原告らの右請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(二)  弁護士費用

1 ≪証拠省略≫によると、原告啓一、同とき子、同栄は、本件仮処分の取消申立をするため、弁護士中井川曻一にその手続を依頼し、手数料として金一万五、〇〇〇円を支払った事実が認められ、右費用は本件仮処分によって通常生ずべき損害であり、又その額も相当と認められる。

従って被告は原告啓一、同とき子、同栄に対しそれぞれ金五、〇〇〇円の支払義務がある。

2 原告らは、本件仮処分によって喪った賃料相当額の賠償を求めるため、本訴を弁護士中井川曻一に委任した費用の賠償を求めるけれども、すでに認定したとおり、右損害は本件仮処分と相当因果関係がないから、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

第三、結論

原告らの本訴請求は、以上認定の限度において理由があるので正当として認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言は相当でないので付しないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 菅原敏彦)

〈以下省略〉

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